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ヨシュアからヤハウェへ~ボノのカバラ的世界

Joshua Tree
U2 / Island
ISBN : B000001FS3


ヨシュア・トゥリー
/ コロムビアミュージックエンタテインメント
ISBN : B00007E8GA



「ヨシュア・トゥリー」(U2、1987年)。この名盤誕生の背景をU2メンバーやプロデューサーをはじめ当時の関係者たちが詳細に語るドキュメンタリーDVDの中に、次のようなくだりがある。

Anton Corbijn,Photographer:

ロスで三日間の撮影というスケジュールを決めたんだ。初日の撮影後の夜、僕はボノと出かけ、ヨシュア・トゥリーという大好きな木があると話したんだ。表がその木で裏がバンドというジャケットは素晴らしい考えだとね。次の朝ボノが聖書を手にしてやって来た。「ヨシュア・トゥリー」のことを調べたんだ。聖書は彼にとってすごく重要だからね。それでタイトルに相応しいと考えたわけさ。


アントン・コービンにヨシュア・トゥリーの話を聞かされてから翌朝聖書を手に現れるまでに、ボノは何を調べたのか。ヨシュアの何がボノの琴線に触れたのか。それを推察するには我々も聖書を調べるしかあるまい。

ヨシュアJoshua。モーセの後継者でイスラエルの指導者。ヨシュア記の主人公。ヨシュアはヘブル語<イェホシュア>の短縮形で、<ヤハウェは救い>という意味。イエスはそのギリシャ訳から来た名前。

アルバム「ヨシュア・トゥリー」と同じ80年代生まれのボノの長女ジョーダンJordan。ユダヤ風に読めばヨルダン。ヘブル語で<下るもの>という意味。アーリア語系より、<年中絶えぬ川>の意味ともいわれる。モーセの死後、ヨシュアはイスラエルの民を率いてヨルダン川を渡り、ヤハウェがアブラハムの子孫に与えた「約束の地」カナン(現パレスチナ)に導いた(ヨシュア記3:7-4:14)。

How To Dismantle An Atomic Bomb (Collector's Edition)
U2 / Interscope

ヤハウェといえば、U2の最新アルバム「How To Dismantle An Atomic Bomb」(2004年)の最後(ボートラ除く)を飾る曲のタイトルだ。旧約聖書の神の固有名詞。この神名を表す四つのヘブル文字YHWHは、いずれも子音であって、これが元来どのように発音されたのかはわからなくなってしまった。その理由は、ユダヤ人たちが、神の名を口に唱えることを避けて、主(アドナイ)と発音してきたから。そこでYHWHとアドナイとが混同されて、エホバという呼び方が生じたが、これは誤読であって、ヤハウェと発音する方が正しい。畏れのあまり口にすることがタブーであった神の名を、ボノは歌の中で連呼している。

YHWHの最初の文字Yはヘブル文字「ヨッド」で「男根」を意味する。そしてHWHは「女陰」。つまり男根と女陰の結合が「創造主」である神というわけだ。HWHはまた、Eve(エバ)の語源でもあり、生命という意味もある。ちなみにボノの次女の名はEve。

子供の名前といえば、ボノの長男はイライジャElijah。イスラエル初期の預言者エリヤだ。異教と対決しヤハウェ礼拝を擁護した大指導者で、ヨルダン川の水を二手に分けて渡ったという奇跡の言い伝えもある(列王記下2:7-8)。ユダヤ人たちの間では、救い主が地上にくる時、その前に現れる預言者はエリヤの再来だと信じられており(マラキ書4:5)、イエスの時代の人々は、このエリヤの再来をバプテスマのヨハネと見ている(マタイ16:14)。イエスがヨハネから洗礼を受けたのもヨルダン川だった。そしてボノの次男ジョン・エイブラハムJohn Abraham。ジョンはヨハネ、エイブラハムはもちろんヤハウェの神の使命を帯びたイスラエルの「信仰の父」アブラハムだ。

何故そこまでボノはユダヤにこだわるのか。以下、私なりに考察してみる。

第一にアイルランドの宗教闘争との関わり。「俺が宗教について語る時は、この国を2つに切り裂いた力のことを言っているんだ」(1982年2月)。よく言われることだがイスラム教、ユダヤ教、キリスト教の源流は一つだ。もとは一つだったものが分かれ、アイルランドでキリスト教はさらにプロテスタントとカトリックに分かれて争っている。カトリックの父、プロテスタントの母を持つボノにとっては、キリスト教は日曜ごとに家族を2つに切り裂く力でもあった。同じキリスト教徒でありながら無意味に争う人々を見て育った彼は、キリスト教が発生するよりはるか昔から存在したヤハウェという神に救いを求めるのではないか。

第二に女性崇拝との関わり。「俺はどうも、女性を美化するところがあるんだな」(『Into The Heart』Niall Stokes, Omnibus Press, 1996)。これは最愛の母を思春期に失ったことに強く関わるだろう。実は「創世記」には人類創生が二度記されている。より一般的に知られる「アダムのあばら骨からイヴを作った」という話より前に、神は自分と同じ姿の男女を作っているのだ。これは出典の異なる二つの神話が混同したことによるが、後者の話は「あばら骨」話より起源が古い。ボノの発言や歌詞に見られる、母や妻に代表される女性に対する崇拝の念、男女の性愛と神による救いのイメージの重なりは、父権を重んじる後のキリスト教文化に反し、イヴを全ての生命の母と見るユダヤの原始信仰に通じる。

第三に再生信仰との関わり。現在興行中のツアーでステージ背景に映し出される「ヤハウェ」のアニメを見ると、死と再生のイメージが何度となく繰り返されている。アルバム限定版付録の本にボノは手書きで次のようなことを書いていた。「人は死をきっかけに生について考え始める」と言ったのはダライ・ラマだが、自分にとってそれは14歳の時に起きた母の死だった。母の死で以前の自分は崩壊した。そして、ライヴ・エイドがきっかけで行ったアフリカで多くの死を見たことへと話は続き、貧困とエイズによる死から人々を救うことへと及ぶ。この文章はページ中央の「Death」という文字を囲むようにぐるぐると回って書かれている。渦巻模様。同心円。ユダヤのみならずケルトなど他の原始宗教にも見られる、死と再生の循環を表すイメージだ。このアルバムとそれに伴うツアーを通してずっと使われているイメージでもある(豆鯛さんのブログ)。前述の本は、片側から開くと「Fear」の章、ひっくり返して反対側から開くと「Faith」の章、両章が真ん中の「World」(oの文字が回る地球になっている)で出会うようになっている。死への恐怖と再生への信仰が地球をぐるぐる回しているというわけだ。母の死という不可逆の悲劇が再生信仰へと昇華されたのだ。注目したいのは、この「再生」が、キリスト教的な、罪深いこの世での体が死んで清らかな霊となってあの世で神の身元に寄り添う、という意味ではないこと。ボノにとっての「再生」は、もっと具体的な、暖かい体温を持つ、この世での再生だ。

Bono: In Conversation With Michka Assayas
Michka Assayas Bono / Riverhead Books
ISBN : 1573223093

今年出版されたインタヴュー集『Bono in Conversation』でボノ自身、カバラを研究するまではいかないがユダヤ的なものに非常に興味があると認め、母方の姓ランキンがユダヤ風であること、自分の容貌が「テルアビブ出身のタクシードライバー」風であることなどを理由に、ユダヤの血が流れている可能性について語り、もし本当にそうならとても嬉しい、光栄だと言っている(酔月亭さんのブログ)。「ヨシュア・トゥリー」を出発点にボノの「信仰」の性質について思いをめぐらせてきた私にとって、微笑ましい一節だった。

参考:『聖書辞典』(新教出版社)

(上記に引用した酔月亭さんは、『Bono in Conversation』を訳してブログで不定期連載なさっています<こちら>。アーカイヴ用のHPもあります。同書の日本語版が出たらご自分の翻訳は中止するとおっしゃっていますが、私はぜひ最後まで続けていただきたいと思います。読書というのは受身の作業ですが、英語で話された言葉を日本語に置き換えるというプロセスでは話し手の内面に手探りで入っていく能動的な作業が必要で、それによって一方通行の読書が双方向の「対話」に変わるのです)

<追記>

日本語版が来日直前の3月24日に発売決定!

書名:「ボノ インタヴューズ」
原題:Bono on Bono:Conversations with MICHKA ASSAYAS
著者:ミーシュカ・アサイアス
訳・監修:五十嵐正
A5判/488ページ
定価:2,625円(税込)
3月24日発売
発行:リットーミュージック
ISBN 4-8456-1300-X

日本版は向こうで近日発売されるペイパーバック版からいち早く追加の第18章(「ライヴ8」など、05年の話をしています)も収録。

五十嵐正さんのブログ:
http://tadd.txt-nifty.com/blog/2006/02/more_info_about.html

発売元リットー・ミュージックのウェブサイト内にも本の紹介ページが。ここから直接購入可。
http://www.rittor-music.co.jp/hp/books/artist_data/05317101.htm
by kyoko_kimura1 | 2005-10-25 13:22 | U2

妄想翻訳日記


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